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結界の作り方

結界の作り方

 

それを知ることができたら、安心できるかもしれない

 

東京は、街によって雰囲気が全然違う。上京したての頃は、それが面白くて、いろんな駅で電車を降りてはふらふらと歩いた。しばらくすると、街だけでなく、通りによってもそういうことがあるのに気づいた。角を曲がると急に空気が変わる。怖がりな私は、安心な感じがするところ、きれいな感じがするところ、温かみがあるところが好きだった。

 

さらにしばらくすると、雑多で汚い感じの通りの中にも好きな雰囲気の空間があることに気づいた。古い雑居ビルにある喫茶店。狭い路地裏のバー。扉を開けると、混乱した外の世界が嘘のように、守られた空間が広がっていた。結界みたい、心の中でそう思った。

 

上京したての若い女の子だったからか、私はうっすらと、でも常に何かを恐れていた。一人でいると後ろから強盗や強姦魔、殺人鬼が追いかけてくるような気がした。人混みでは、男の人に怒鳴られたり、悪い人に騙されるんじゃないかとドキドキした。一人暮らしの部屋で寝るときは、鍵を何度も確認して、カーテンをきっちり閉めた。怖いニュースや映画の見過ぎだったのかもしれないが、見方によっては、世界は悪意や暴力に満ちているのだ。とにかく、守られた感じを切実に求めていた私は、結界みたいなお店に通って、その秘密を探ることにした。それを知ることができたら、安心できるかもしれないと思ったから。

 

街中の結界。そういう場所に気づく前は、新しさやラグジュアリーさが心地よい空間を作るのだと思っていたが、どうもそうではないようだった。それによく考えたら、話題の新しいビルはしばらくするとくすんでいくし、雑誌に載るような高級レストランの中には嘘くさいところもある。じゃあ、この結界に宿る、柔らかくて確実な力はどこから?本気でそこのオーナーが魔法使いなんじゃないかと疑ってしまうくらい、私には不思議に思えたのだ。

 

それでね、秘密はなんだったと思う?それは結局わからなかった。でもそういうお店には、テーブルに花が飾ってあった。照明は控えめで、夜にはキャンドルが灯った。掃除が適度に行き届いていて、静かな音楽が流れ、何かしらいい香りがした。だから私は家をそうしている。そうすると安心するから。

 

人が住まなくなった家は痛むという。空気が澱み、不具合が放置されるのが原因だそうだ。多分、あの結界のような場所で起きていたことはその逆のことだったんじゃないかと思う。常に空気が動いていて、手をかけられていた。音楽や柔らかな光は空気に揺らぎをもたらすし、適度な掃除や飾られた花は目が行き届いている証拠だ。加えて、愛着のある人やモノたち、それらを完璧に調和できると、結界ができる。まだまだ完全なる結界は私には作れないけど、きっとそのうち。

 

“とうだいもり”

くらい海をてらす光。

灯台には、灯台守がいる。

灯台守は嘘をつかない。どんなにささやかでも、ほんとうのことじゃないと、どこにも届かないから。